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大阪地方裁判所 平成2年(わ)2103号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

押収してあるビニール袋入り白色覚せい剤結晶二袋(平成二年押第三七二号の一、二)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成二年六月一九日午前三時四八分ころ、大阪市都島区〈住所略〉先路上において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶〇・二七七グラム(平成二年押第三七二号の一、二はその一部)を所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一  被告人は、公判で、本件覚せい剤が発見された際、警察官は被告人を無理やりパトカーに乗せようとするなど違法な行為をしていた旨供述しており、これは本件押収にかかる覚せい剤が違法収集証拠で証拠能力がない旨の主張と目されるので、以下この点について判断する。

二  前掲関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

1  大阪府警察本部警ら部第一方面機動警ら隊に所属しているA巡査部長及びB巡査は、平成二年六月一九日午前三時三〇分ころ、パトカー(一方面三号)に乗務して、大阪市都島区〈住所略〉先の十字路を西から東に向かってさしかかったところ、右十字路を南から北に向かって歩いていた被告人を見掛けたが、その風体が暴力団員風であるうえパトカーを見て一瞬驚いたように顔をそむけたので不審に思い、両警察官はパトカーを降りて被告人に近付き、職務質問を開始したこと

2  同所で、Aは、被告人に対し、行き先、氏名、生年月日などを尋ね、被告人はこれに答えたが、被告人は顔色がどす黒く、頬がこけ、視線が定まっていなかったことなどから、Aは、被告人に覚せい剤使用の疑いがあると考え被告人に対し、「君は顔色も悪いが覚せい剤を使用しているのか。」と質問したところ、被告人は、急に興奮し、「そんなもん関係ないわ。」と大声を出し、その場から立去ろうとしたこと(なお、被告人は、公判で、「この際警察官は私に、「所持品を出せ。」と言うので、「出しまっせ。」と言ったところ、いきなり、「パトカーに乗れ。」と言って、私のズボンの後ろをつかんでパトカーの後部座席に乗せようとしたもので、その際、私は現場から立去ろうとはしていなかった。」旨供述するが、右被告人の供述は、被告人が警察官の職務質問等に素直に応じ、全く反発や抵抗などしていないにもかかわらずいきなり警察官が実力行使をしたというもので、極めて不自然で、容易に信用できないものであるところ、Aは、公判で、「私が「君は顔色も悪いが覚せい剤を使用しているのか。」と質問したところ、被告人は急に興奮し、その場から立去ろうとした。」旨の供述をしており、右供述は、前後の状況に照らし、不自然、不合理な点はなく、信用できるものと解されるから、右供述のとおり認定する)

3  右のとおり、被告人が本件現場から立去ろうとしたので、Aは、右手で被告人のズボンの後ろをベルトと一緒に持ち、更に左手で被告人の首筋をつかんで被告人をパトカー内に押し入れようとし、これに対し、被告人は、「放しとくなはれ。」などと言いながらパトカーの屋根を持ってこれに抵抗し、パトカーの回りを回ったりしたが、この間Aは、数分間程度被告人のズボンの後ろをつかんでいたとみられること(なお、Aは、公判で「被告人が現場から立去ろうとしたので、Bは後ろから被告人の肩に手を掛け、私は被告人の前に回って両手を広げるようにして立ちふさがったが、被告人のズボンの後ろをつかんだりはしていない。」旨の供述をしているが、被告人は、公判で「警察官は右手で私のズボンの後ろをベルトと一緒に持ち、更に左手で私の首の後ろをつかんで私をパトカー内に押し入れようとし、私はパトカーの屋根を持って抵抗し、このようにつかまれた状態でパトカーの回りを一周し、パトカーには乗らなかった。」旨の供述をしており、右Aの供述は、被告人が現場から立去るのを阻止する行動としては若干不自然であり(立去る気であればBの手を払いのけ、Aの横をすり抜けて立去ることも可能なはずである)、また、Aの公判供述には変遷はあるものの、最終的には、被告人が現場から立去ろうとしたのをA、Bの二人が阻止している段階で、Bは一時その場を離れ、パトカーの無線で応援依頼をした旨供述しているが、そういう状態でBが被告人から離れるには、Aが被告人のスボンの後ろをつかんで現場から立去らないようにしておくということが自然、合理的であること、被告人供述のようにズボンの後ろをつかむことは逃走防止方法としては効果的であるとみられることなどを併せ考えると、Aの前記供述は信用できず、この点については、被告人供述のとおり認定することとする)

4  その間、Bは、パトカーの無線で応援依頼をし、応援のパトカーが現場へ到着したが、同車に乗車していたC巡査部長は被告人と顔見知りであったので、降車して被告人に「おいぜんき、何や、お前いつ出てきたんや。」等と声を掛けたところ、被告人は、気持ちが落ち着き、警察官が「所持品を出すよう。」言ったのに応じ、パトカーの後部トランクの上に、ライターや手帳などの小物を出したが、その後、被告人は、突然、白色ベストの左胸ポケットに手を入れ、同ポケットに入れていた白色封筒を握りしめ、それを付近の生け垣に投棄しようとしたため、Bは、被告人の腰に手をかけ、Aは、左手で被告人の右手をつかんで、「ちょっと待て。」と言ったところ、被告人は自ら白色封筒をパトカートランクのうえに出し、警察官に提出したこと

5  その後、Aは、被告人に、パトカーの後部座席に乗るように促したところ、被告人は「これ終ったら帰らせてもらうで。」などと言いながら自らパトカーに乗り込み、パトカー車内で、警察官が白色封筒内からビニール袋入り白色結晶二袋を取り出し、マルキース試薬により覚せい剤の予備検査をしたところ、覚せい剤の反応があったので、同日午前三時四八分、警察官は被告人を覚せい剤所持の現行犯人と認め、逮捕し、同時に、同所で現行犯逮捕に伴う差押えとして右白色封筒一袋と右封筒に入ったビニール袋入り白色結晶二袋を差押えたこと

以上の事実が認められる。

三  そこで、右事実を前提にして、警察官の本件証拠(覚せい剤)収集手続に違法があったか否かについて検討する。

まず、被告人が警察官から職務質問中その場から立去ろうとしたのに対し、警察官が被告人のズボンの後ろをベルトと一緒に持ち、更に被告人の首筋をつかんでパトカーに乗車させようとした行為について考察するに、職務質問中にその場から立去ろうとする被疑者に対し有形力を行使して制止することも、右有形力が強制手段にあたらない程度であり、必要性、緊急性が存する場合には任意捜査等として法的に許容されるものと解されるところ、前記のとおり本件職務質問の日時、場所、被告人の容貌、挙動等に照らし被告人には覚せい剤事犯の嫌疑があり、立去ろうとする被告人を警察官が制止する必要性、緊急性はあったものとみられるが、数分間に亘り、被告人のズボンの後ろをベルトと一緒に持ち、被告人の首筋をつかんだりすることは、直接的な身柄の拘束に近く、法的に許容されるものとはいえず、本件警察官の行為は違法なものである。

次に、被告人が本件白色封筒を握りしめ投棄しようとしたのに対し、Bが被告人の腰に手をかけ、Aが被告人の手をつかんでこれを制止しようとした点について考察するに、右行為自体は必要性、緊急性の高い状況下で行われたものであるうえ、有形力行使の程度自体さほど高いものとはいえず、所持品検査の実効性を確保するための行為として法的に許容されるものとみられる。

更に、被告人が本件白色封筒を警察官に提出し、警察官がパトカー車内で右封筒内からビニール袋入り白色結晶を取り出し覚せい剤の予備検査をした点について検討するに、被告人は、右のとおり、本件白色封筒の投棄を制止された後は、自らこれをパトカーのトランクの上に置き警察官に提出したもので、被告人自身公判で本件白色封筒を警察官に提出した時には中身を調べられても仕方がないと思っていた旨の供述をしており、警察官が右封筒内から本件結晶を取り出し、覚せい剤の予備検査をすることについて被告人は何ら異議を述べておらず、右について少なくとも黙示の承諾があったものとみられ、右警察官の行為自体に違法はない。

四  以上を前提にして、本件証拠物(覚せい剤)は違法収集証拠として証拠能力が否定されるか否かについて検討する。

ところで、証拠を収集する手続に違法があると認められる場合であっても、違法手続によって得られた証拠の証拠能力が直ちに否定されるわけではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、その証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和五三年九月七日判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。

そこで、本件証拠収集手続に右のような重大な違法があるかどうかが問題となる。

本件覚せい剤は、前記のとおり、警察官の職務質問-有形力の行使(違法行為)-白色封筒の提出-同封筒中の結晶の検査(覚せい剤反応)-被告人の現行犯逮捕-現行犯逮捕に伴う差押えという経過で押収されたものであるが、前記のとおり、被告人が本件現場から立去ろうとしたのに対し、警察官が違法な有形力の行使をしなければ、被告人は本件現場から立去り本件白色封筒を警察官に提出することもなかった可能性があり、警察官の前記違法行為と本件提出行為ないし被告人の現行犯逮捕、逮捕に伴う差押との間に条件関係がないとはいえないものである。

しかし、被告人は応援のパトカーが来て顔見知りの警察官がいたので気持ちが落ち着き所持品を警察官に出すつもりになった旨供述しており、その後、いったん本件白色封筒を投棄しようとしたものの、警察官からこれを制止されてからは、右封筒を任意に警察官に提出したとみられ、被告人が所持品を提出するに至ったのは、警察官から違法な有形力の行使を受け、これに制圧されたためであるとはみられず、前記警察官の違法行為と本件提出行為との因果関係はさほど強いものとはいえないこと、警察官の本件有形力の行使は直接的には被告人が現場から立去るのを阻止するためになされたもので、被告人の所持品を提出させるためになされたものとはみられないこと、警察官の前記有形力の行使も被告人の身体の自由を完全に制圧、拘束する程強度のものとはいえないこと、前記のとおり、本件当時覚せい剤事犯についての嫌疑があったとみられ、被告人が立去るのを阻止する必要性自体は存したこと、被告人の本件白色封筒の提出以降の手続自体には違法な点はみられないことなどを併せ考えると、本件証拠物の押収手続の違法は未だ重大であるとはいえず、右手続により得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められない。

よって、本件証拠物(覚せい剤)の証拠能力を肯定することができる。

(累犯前科)

被告人は、(1) 昭和六〇年一二月一二日大阪地方裁判所において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年に処せられ、昭和六一年一一月一一日右刑の執行を受け終わり、(2) その後犯した覚せい剤取締法違反、有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂の罪により、昭和六三年七月二〇日同裁判所において懲役二年に処せられ、平成二年一月二八日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は、右各判決書謄本及び検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

一、罰条 覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項

一、累犯加重 刑法五九条、五六条一項、五七条

一、未決勾留日数の算入 刑法二一条

一、没収 覚せい剤取締法四一条の六

一、訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項但書

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田信之)

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